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2009年11月26日 (木)

報連相は温度差を縮める

報連相の重要性は今さら協調するまでもありません。以前「報連相を考える」で述べた見解は今でも変わっていません。

報連相の目的は何でしょうか。報連相がもしなかったら組織はどうなるでしょう。きっと、個々が好き勝手に考え、行動し、組織としての統制がとれなくなり、組織の役割は遂行できないことになるのでしょう。

なぜそうなるのか。個々の考えや価値観は異なるからです。では、なぜ「考えや価値観」は異なるのでしょうか。それは背景にある経験や環境が異なるからです。「7つの習慣」(書籍)の中で、老婆を見た人と少女を見た人では同一の絵の解釈が異なる・・・を思い出せば理解できます。

報連相は、こうした個々の温度差(差異)を縮める目的があるのです。

温度差が縮まることにより、組織の効率、仕事の効率は格段に向上します。それがわかっていないと、独りよがりな結果を生み、努力は報われないことになります。ここに周りとの不協和音が発生し、さらに報連相が悪くなり、温度差はさらに拡大する・・・こんな悪循環が身近で起こっているのです。

たいてい、温度の高い方は報連相の勘所がわかっていて、低い方はわかってないのですが、報連相を頻繁に行うことで温度差は徐々に縮まります。勘所をはずすといくらやっても温度差は縮まりません。が、たくさんやっていれば必ず勘所はマスターできます。最初は勘所をはずすので、注意されて尻込みしてしまうと悪循環です。

「勘所をおさえるかどうか」は、以前にも書いた「コンテクスト」も大きく影響します。これを得とくするのは論理ではなく、「経験」ではないかと思います。知識をいくら習得しても、その知識の使い方というか・・・この能力に長けた人は一歩先を常に進んでいるように感じます。

それだけに私も常々得とくしたいと思っている能力のひとつです。

2009年11月13日 (金)

事業仕分け

「事業仕分け」・・・いいですねぇ~。内容の是非はともかく、手法としては評価できるのではないでしょうか。民間企業でも同様の手法をとれば、古い体質からの変革が可能ではないかと思います。

企業での抵抗勢力は、「お金」じゃなくて、地位というか、プライドというか目に見えない障壁が大きくてなかなか改革が進まないことが多い。

西郷南洲の遺訓に「国に功労のあったものには、賞(金品)を与えよ。国に功労があるからといって地位を与えてはいかん。地位を与えるには、それにふさわしい識見がなければならない。識見なきものに、功労があるからといって地位を与えると、国家滅亡の原因になる」とあります。

会社の抵抗勢力の人たちは、識見もないのに業績を出したということで上層部に昇進した人が多い。特に中小企業ではそれが顕著。こうした抵抗勢力を納得させるのは至難の業。「定年退職まで待つか~」と言ってられる環境は過去のもの。

こうした抵抗勢力をぶった切るには「事業仕分け」の手法は見習う価値がありそうです。

普段「テレビ」から得る知恵はあまりないのですが、今回だけは参考になりました。それにしても「顔つき」を見ただけで、官僚か、仕分け人かを判断できてしまうのはきっと私だけではないでしょう。

2009年10月29日 (木)

情報の属人化

社内において情報の属人化は非常に恐ろしい。よほど報連相を徹底する習慣を持っていないと、経営者ですらアンタッチャブルの領域を作ってしまいます。

原則として、仕事に人をつけるのが組織のあるべき姿でしょう。しかし、わが国は古くから人が仕事を作るという風土をもっています。だから職務給が根付かないということになるのですが、結果だけでなく人の能力を評価するので「人が仕事を作る」という風土も一概に否定できません。

ただ、人が仕事を作ることに伴って発生する情報を武器に立ち居振る舞いをされると最悪です。情報が属人化すると、悪い情報は経営者には流れません。いい情報だけ流れます。しかし、いい情報はもともといいのだから経営には支障ありません。重要なのは悪い情報をすばやく流すことです。悪い情報は遅れると経営に支障をきたします。

属人化している場合、悪い情報が遅れるどころか闇に葬られることもあります。いい情報、悪い情報の判断も属人化された判断です。

こうしたことが繰り返され、業務は非効率になり、経営判断ができず、いつの間にか高コスト体質が当たり前になってしまい、損益分岐点の高い会社になってしまいます。経済環境の悪化で赤字になっているのではなく、もともとこうした体質があったから赤字になっているというのが本当のところでしょう。

属人化すると当人は気づいていません。それどころか「自分は何でも知っている」と快適にさえ思っている可能性があります。さらに始末の悪いことに、当人は情報を握っているだけに日常業務のキーマンになっています。

だから、経営者も遠慮して注意できない。周囲は「脅威」さえ感じ、悪循環は深まるばかりです。もちろん下の者は育たない。そこまで放っておいた経営者にも原因はあるのだから、最後は経営者が恐れずにリーダーシップを発揮することが問題解決の要です。

2009年10月22日 (木)

月次決算と発生主義会計

月次決算には発生主義会計が不可欠です。発生主義は、現金の収入や支出に関係なく、収益や費用の事実が発生した時点で計上しなければならないとするものです。

ある会社の月次試算表を見ると、「なんか変だな」と。月次推移を見ると、売掛金や買掛金がまったく動いていない。しかも、月によって粗利益率の変動幅が大きすぎる。事情を聞くと、「税理士さんに出してもらっている」と。

西原:「もしかして、決算のときだけ税理士から売掛金の残高、買掛金の残高の一覧を教えてほしいと毎年頼まれているのではないですか」
会社:「そうです。毎年決算のときだけ頼まれます」

これは、期中「現金主義」で処理して、決算月に修正して年次では「発生主義」にする方法です。税務決算だけならこの方法も否定できないですが、月次決算となると相当な問題。期中の損益はまったくわからない。現金の増減を見ているだけのようなものです。すべて現金取引ならいいですが、そうでなければ企業会計としては意味がありません。

そもそも企業の儲けは現金が増えなければ儲けとはいえません。その現金を生む根源は発生時点にあり、さらにいえば意思決定時点までさかのぼります。意思決定時点で儲かるかどうかは決まっているのです。

しかし、意思決定時点で損益を把握することは不可能なので、発生時点を基準として損益を確定します。現金は発生の後に動くので、発生時点で先の現金残高も確定します。

小規模企業では現金主義で会計処理しているところは結構あるようですが、そこそこの規模になっても同様にしているケースもあるので大変な驚きです。

「現金主義の月次試算表を毎月渡されて、しかもご丁寧に細かい財務分析まで。一体、経営者は何を見ていたのだろう」と疑問に思ってしまいます。こんな状態で「当社は業績主義を導入している」と言われると、疑問ではなく不安になってきます。

現金主義の処理は作業が楽です。しかし、そのつけは計り知れません。今のご時勢、企業規模に関係なく、「月次決算」と「発生主義会計」は基本中の基本と思うのですが・・・。

2009年9月24日 (木)

現場任せは部分最適

仕事を「現場任せ」にするとどのようなことが起こりやすいでしょうか。

「現場を大切にする」、「現場の意見を聞く」どれも大切なことですが、「現場任せ」だけはいただけない。なぜなら「現場任せ」は部分最適な場合が多いからです。部分最適な集合体は必ずしも全体最適にはなりません。

行政の仕事を考えてみてください。行政の各部署は自部署をよくするために一生懸命努力してがんばっていると思います。しかし、全体最適の視点でみるとどうでしょうか。政権をとった民主党と官僚とのギャップをみれば明らかです。省益(部分最適)あって国益(全体最適)なしです。

がんばっているから、自分たちの悪いところを見ようとしない。上からいろいろと改善案を出してもなかなか受け入れようとしない。改善案は全体最適だからです。

こうしたことが企業内でも起こります。「現場はかんばっているから」といっていつまでも旧態依然とした考え方、やり方で同じミスを繰り返す。現場主導で「経営陣が現場の仕事に口を挟まない」・・・一見いいことのようにも思いますが、そのためにはいくつかの条件が必要です。

以前ある社内研修で「現場主導には賛同できない」と発言したら相当現場から反発をもらったことがあります。技術を売る会社なので当然の反応ですが、こういう企業では現場で「コスト」がおろそかにされているケースが多い。現場中心の名の下にコストをかけることが正当化されているケースが多いのです(役所の体質も同様ではないでしょうか)。また、近視眼的なものの見方をするのが現場です。

こうしたことは全体最適の視点から見たら、肯定できるものではありません。現場では「全体最適あっての部分最適である」という視点が欠けてしまうのです。

だからといって、すべてトップダウンで現場をコントロールのがいいとも思いませんが、少なくとも全体最適の視点をもつ現場管理者を置いて情報を経営陣にフィードバックすることは必要条件です。

経験上、生え抜きの管理者は部分最適になりがちです。厳しい環境下では部分最適しかできない管理者は弊害になります。全体最適の目を育てなければなりません。

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